盛岡地方裁判所 昭和38年(ワ)46号 判決 1964年4月24日
原告 藤村多次郎
被告 石川勇人
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(一) 原告訴訟代理人は、盛岡地方裁判所昭和三八年(ル)第三号同年(ヲ)第六号事件につき、同裁判所が作成した配当表別紙第一表を取消し、同第二表のように配当手続をする。訴訟費用は、被告の負担とする。との判決を求めた。
(二) 被告は、主文同旨の判決を求めた。
第二、原告の主張
(一) 原告は昭和二五年七月二〇日訴外小田島芳男、同藤村昌道を連帯債務者とし、訴外小田島光を保証人として、金一六五、〇〇〇円を、弁済期昭和二五年九月二〇日、利息月三分(但し年一割に減額)の割合の約定で貸与し、右債権を担保するため右小田島芳男は同人所有に係る岩手県和賀郡和賀町仙人三地割五三番の三、家屋番号山口第三三番、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅建坪五六坪五合三勺、二階二四坪四合八勺(以下本件家屋という。)(但し抵当権設定契約当時の表示は、和賀郡岩崎村山口第五地割五三番の三、家屋番号同村大字山口第三三番、木造柾葺二階建居宅三七坪五合、二階二一坪である。)につき、抵当権を設定した。
(二) 右抵当権設定登記については、原告は、盛岡地方裁判所昭和三四年(モ)第二七号事件による仮登記仮処分決定を得て仮登記をなし、更に昭和三四年一月訴外小田島芳男を被告として、盛岡地方裁判所に対し右抵当権設定登記手続請求訴訟を提起したところ(盛岡地方裁判所昭和三四年(ワ)第二八号事件)、昭和三七年一一月一四日原告勝訴の判決があり、右判決に対して、右小田島芳男は控訴したが(仙台高等裁判所昭和三七年(ネ)第五七二号事件)、昭和三八年八月四日原告の勝訴判決が確定した。
(三) 次に原告は訴外小田島芳男に対し、前記(一)の債権に基く貸金請求訴訟を盛岡地方裁判所に提起し(同庁昭和三〇年(ワ)第一二五号事件)、右訴訟は原告の勝訴に確定したが、原告は右判決に基く強制執行を保全するため、昭和三〇年六月二三日本件家屋につき盛岡地方裁判所に対し不動産仮差押決定を申請し(同庁昭和三〇年(ヨ)第七九号事件)、該決定を得て、その執行をした。ところが小田島芳男は右仮差押決定に定められている仮差押解放金額金二〇〇、〇〇〇円を供託し(以下本件供託金という。)、右仮差押執行の取消決定を得、一方本件家屋は、その後昭和三七年七月二四日取り毀されて、その登記簿が閉鎖されたため、原告は前記抵当権設定登記手続請求事件につき、勝訴の確定判決を得たが、これに基き抵当権設定の本登記手続をなすことを得ざるに立ち至つた。
(四) 以上の如き経過に鑑み、原告は、次に述べる如き理由から、前記(三)に記載の貸金請求訴訟の勝訴の確定判決に基く貸金につき、本件供託金から優先弁済を受ける権利がある。
(1) 本件供託金は前記の如く本件家屋に対する仮差押決定に基く解放金であるから、本件家屋即ち抵当物件に代るべきものであるところ、原告は本件家屋については、前記貸金を担保するための抵当権設定の仮登記を経由し、次いでその本登記手続請求訴訟において勝訴確定判決を得たこと前述のとおりであるから、原告は右抵当権の効力として、抵当物件に代る本件供託金から優先弁済を受ける権利がある。
(2) 本件供託金は前記の如く原告の得た仮差押決定による仮差押目的物に代るものであるところ、原告は右仮差押決定の被担保債権につき勝訴確定判決を得たこと前述のとおりであり、而して右確定判決に基く強制執行として、本件供託金の取戻請求権につきその差押並びに転付命令を得たので、原告は一般債権者に先だつて優先弁済を受ける権利がある。
(五) 然るに本件供託金取戻請求権に対しては、原告がその差押並びに転付命令を得るに先だち、被告がその差押並びに転付命令を得ていたので、盛岡地方裁判所は別紙第一表の如き配当表を作成したのであるが、同配当表は原告が、前記(四)記載の事実に基き有する優先弁済を受ける権利を無視しているので、その更正を求める。
(六) 被告主張事実のうち、被告が訴外小田島芳男に対して有する債権の存在および同訴外人が右債務の弁済の見込が困難となつた事実は、何れも不知、その余の事実は認める。
第三、被告の主張
(一) 原告主張の事実のうち、原告主張の如き仮差押解放金として供託された本件供託金が存在する事実は認めるが、その余の事実は知らない。原告が本件供託金から優先弁済を受ける権利があることは否認する。
(二) 被告は昭和二九年三月二〇日訴外小田島芳男に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円を遅延利息日歩金五銭の割合(利息年一割は誤記と認める。)の約定で事業運転資金として貸与したが、同訴外人は事業に失敗し、その返済の見込が困難となつたところ、被告は、同訴外人が盛岡地方法務局に本件供託金を供託している事実を知つたので、盛岡地方裁判所に対し債権差押並びに転付命令を申請し(同庁昭和三七年(ル)第六〇号同年(ヲ)第六四号事件)、昭和三七年七月三日その決定を得たのであるから、原告の異議は理由がない。
第四、証拠<省略>
理由
一、成立に争のない甲第二号証から第一二号証までと、弁論の全趣旨とを綜合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告は昭和二五年七月二〇日訴外小田島芳男、同藤村昌道(但し本名は藤村重雄であると認められる。)を連帯債務者とし、訴外小田島光を保証人として金二〇〇、〇〇〇円を弁済期昭和二五年九月二〇日利息月三分の約定で貸与し、右債権を担保するため、右小田島芳男との間に、同人所有に係る和賀郡岩崎村山口第五地割三三番家屋番号同村大字山口第三三番木造柾葺二階建居宅建坪三七坪五合、二階二一坪につき抵当権を設定する旨の契約が成立したが、同訴外人は右抵当権設定登記手続を履践しなかつたため、原告は盛岡地方裁判所に仮登記仮処分決定を申請し(同庁昭和三四年(モ)第二七号事件)、同年二月一〇日付決定を得て、本件家屋(前記家屋が昭和三〇年二月七日に、同村山口第三地割五三番の三家屋番号山口大字第三三番木造柾葺二階建居宅建坪三七坪五合二階二一坪と表示更正され、更に同日増築による表示変更として本件家屋のようにあらためられたものである。)につき、前記債権を担保するための抵当権設定の仮登記をなしたこと、次いで原告は前記訴外人を被告として、盛岡地方裁判所に対し抵当権設定登記手続請求訴訟を提起し(同庁昭和三四年(ワ)第二八号事件)、右訴訟において原告は、抵当権の被担保債権を前記金二〇〇、〇〇〇円から金一六五、〇〇〇円と減額した結果、右減額の主張に沿つて、原告勝訴の判決が昭和三七年一一月一四日なされたが、前記訴外人の控訴に基く控訴審(仙台高等裁判所昭和三七年(ネ)第五七二号事件)において、昭和三八年七月一六日原審判決のうち利息年一割を超える債権につき抵当権の設定登記手続を命じた部分を取り消したほかは原判決を支持する旨の判決があり、同判決は同年八月四日確定したこと。
(二) 原告は前記(一)冒頭に掲記する貸金債権に基き訴外小田島芳男を債務者とし盛岡地方裁判所に対し本件家屋の仮差押決定を申請し(同庁昭和三〇年(ヨ)第七九号事件)、同年六月二三日その決定を得て執行をなすとともに、盛岡地方裁判所に対し同訴外人を被告とし右貸金請求訴訟を提起し(同庁昭和三〇年(ワ)第一二五号事件)、同裁判所の判決に対する右訴外人の控訴(仙台高等裁判所昭和三二年(ネ)第四三四号事件)、同じく上告(最高裁判所昭和三七年(オ)第二八八号事件)の結果、右訴外人小田島芳男は原告に対し金一六五、〇〇〇円およびこれに対する昭和二五年七月二一日から完済に至るまで年一割の割合による金員を支払う義務がある旨の判決が確定したこと。
(三) 訴外小田島芳男は前記盛岡地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第七九号不動産仮差押決定に基く所謂仮差押解放金金二〇〇、〇〇〇円を、原告を供託物の還付を請求し得べき者と指定して、昭和三七年六月三〇日盛岡地方法務局に供託したうえ、右仮差押執行処分の取消決定を得て、その取消をしたのち、同年七月二四日付を以て本件家屋の取り毀ちに基く滅失の登記申請をなした結果同日付を以て本件家屋の登記用紙が閉鎖されたこと。従つて原告は前記(一)において設定した如く抵当権設定登記手続請求の勝訴確定判決を得たにもかかわらず、本件家屋につき抵当権設定の本登記手続をなし得なかつたこと。
以上の事実が認められる。
二、次に原告が前記一、(二)において認定した訴外小田島芳男に対する貸金請求事件の勝訴確定判決の強制執行として、前記一、(三)において認定した仮差押解放金金二〇〇、〇〇〇円(本件供託金)の取戻請求権の差押並びに転付命令を得たことは(盛岡地方裁判所昭和三八年(ル)第三号、同年(ヲ)第六号事件)、被告において明かに争わないからこれを自白したものと看做すべく、一方被告が本件供託金取戻請求権につき、右原告の強制執行に先だち、被告主張の如く、昭和三七年七月三日差押並びに転付命令を得たことは(盛岡地方裁判所昭和三七年(ル)第六〇号、同年(ヲ)第六四号事件)、当事者間に争がなく、更に右強制執行手続が競合したため、前記盛岡地方裁判所昭和三八年(ル)第三号、同年(ヲ)第六号事件につき配当手続が行われ、別紙第一表の如き配当表が作成されたことは、被告において明かに争わないから、これを自白したものと看做すべきである。
三、さて、原告は本件供託金から、被告に先だち優先弁済を受ける権利があると主張するので、以下この点について検討する。
(一) 民事訴訟法第七四三条に所謂仮差押解放金がいかなる法律的性質を有するものであるかは、同条の規定の趣旨からみて明かなとおり仮差押の執行を受けた目的物件に代るものであるが、ここに「執行目的物件に代るもの」というのは、「当該仮差押決定の執行の効力上」という意味においてであつて、「あらゆる法律関係において、当該仮差押決定の執行の目的物件となつたものに代るもの」という意味でないことはいうまでもない。
さて、右の意義を少しく詳細に敷衍すると次のとおりである。即ち、前記認定の如く本件家屋上に原告が抵当権設定の仮登記を有し、更に右抵当権設定の本登記手続請求につき勝訴確定判決を有するに至つたのであるから、抵当目的物件たる本件家屋に対し、或いは本件家屋の代表物の上に対して、原告は、右抵当権の効力としての優先弁済権を主張し得るものであることは当然といわなければならない。然し右にいう代表物とは、抵当目的物件の交換価値が具体化したものを指称することは民法第三〇四条、第三七二条の規定上明らかであるところ、民事訴訟法第七四三条にいう仮差押解放金とは、一方においては、当該仮差押決定の執行により、仮差押債権者が、仮差押執行目的物件上に、獲得した権利を保全するとともに、また他方においては、仮差押執行目的物件を当該仮差押の執行から自由ならしめるために案出された制度に由来するものであつて、決して民法第三〇四条、第三七二条の意義において、仮差押目的物件の交換価値の具体化したものと称することはできない。
従つて仮差押解放金即ち本件供託金が、民法第三〇四条第三七二条の意義においても、本件家屋に代るものであるとする原告の主張は採用し得ざるところであり、従つて右見解を前提とする原告の優先弁済権の主張も、同様に採用の限りでない。
(二) 金銭執行の競合の場合に平業主義を採つている我が民事訴訟法の立場から、仮差押の執行は、その効力として、仮差押債権者に対し、何等他の債権者に対する優先権を取得させないから、他の債権者が、仮差押の執行目的物件に対して強制執行をすることを妨げるものではない。
従つて原告が本件家屋に対してなした仮差押の執行の効力は、訴外小田島芳男が仮差押解放金額を供託した後においては、本件供託金の上に存続することは当然であるが、原告が右供託金から優先弁済を受けうる効果を齎らすものでないことも、また当然である。(仮差押解放金上に有する仮差押債権者の権利が、供託金そのものの上に直接存在するものか、換言すれば仮差押債権者は、供託物還付請求権をもつものであるか、或いは供託金そのものの上に直接存在するものではなく、仮差押債務者が国に対して有する権利の上に存在するものか、換言すれば仮差押債権者は、供託物取戻請求権上に仮差押の効力を保有するものであるかは、議論の余地ある問題であるが、いずれの立場をとるも、本件事案の解決に関する限り、その結論を左右するものでないから、一応論外におくが、本件につき、原告および被告が得た差押並びに転付命令が、いずれも本件供託金取戻請求権に対するものであること、前記認定のとおり明白である。)。
そうすると原告が仮差押債権者として、本件供託金取戻請求権につき得た差押決定および被告が右に先だち同請求権につき得た差押決定はいずれも有効であるから、〔原告並びに被告が、それぞれ右取戻請求権につき得た転付命令は、前記の如く平等主義を採る我が民事訴訟法の立場と原被告が相互に優先権を有する債権者でない以上(原告が本件供託金に関する限りにおいて、優先権を有する者でないことは前述のとおりであり、また被告については、優先権を有する旨の何等の主張立証がない。)、いずれも実質上その効力を生ずることがないものと考えるべきである。〕、所謂差押競合の場合として、執行裁判所において配当手続が行われることになることは当然であり、而して右配当手続において、原被告がいずれも平等なる取扱いを受けるべきであることも当然であるというべきである。
さて、右の観点に立つて盛岡地方裁判所昭和三八年(ル)第三号、同年(ヲ)第六号事件につき、同裁判所が作成した別紙第一表の配当表を検討すれば、原被告は、本件供託金から平等に配当されるべきものとされていることが、計数上明であるから、(当裁判所の計算によれば、原告の貸金元本並びに損害金に対して配当されるべき金額は金四七、七二三円(但し円未満は四捨五入)となるが、被告において、右配当表に対して異議の申立をなした旨の何等の主張立証なき以上、被告は同配当表記載どおりの配当方法に合意したものと認むべきであるから、右計算の結果に基き原告の不利益に同配当表を更正して、配当手続を命ずべきではない。)、右配当表の記載には何等の違法はないと認むべきである。
そうすると、原告は、本件家屋に対する仮差押決定を得て、その執行をなし、次いで被保全債権につき勝訴の確定判決を得て、その本執行をなしたのであるから、本件供託金について、被告に優先して弁済を受け得るとの、原告の主張は遂に採用するに由ないものと認めなければならない。
以上のとおりであるから、原告の本訴請求はすべて失当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、それぞれ主文のおり判決する。
(裁判官 安達昌彦)
別紙
第一表
(昭和三八年(ル)第三号、同年(ヲ)第六号)
配当表
一、金二〇〇、〇〇〇円也 但し供託金
内
一、金一、三二〇円也
但し執行手続費用。
債権者石川勇人に交付。
一、金一四九、八二〇円也
但し貸金元金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和三七年四月一日より同三八年一月二五日まで日歩五銭の割合による損害金。
債権者石川勇人に交付。
(以上債権者石川勇人に交付金一五一、一四〇円)
一、金一、一三五円也
但し執行手続費用。
債権者藤村多次郎に交付。
一、金四七、七二五円也
但し貸金元金一六五、〇〇〇円に対する昭和二五年七月二一日より同二八年六月二五日まで年一割(日歩二銭七厘)の割合による損害金。
債権者藤村多次郎に交付。
(以上債権者藤村多次郎に交付金四八、八六〇円)
第二表
(昭和三八年(ル)第三号、同年(ヲ)第六号)
配当表
一、金二〇〇、〇〇〇円也
内
一、金一、一三五円也
但し執行手続費用。
債権者藤村多次郎に交付。
一、金三三、〇〇〇也
但し債権者藤村多次郎が、昭和二五年七月二〇日に訴外小田島芳男に対し、藤村昌道を連帯債務者、訴外小田島光を保証人として金二〇〇、〇〇〇円を利息は一カ月につき三分の割合とし、弁済期日は同年九月二〇日として貸付けた債権につき、右七月二〇日に訴外小田島芳男は本件家屋に抵当権を設定した。
右貸金に対する最後の二年分の年一割の利息。
債権者藤村多次郎に交付。
一、金一六四、五四五円也
但し前記貸金元金。
債権者藤村多次郎に交付。
(以上債権者藤村多次郎に交付金一九九、一三五円)
一、金一、三二〇円也
但し執行手続費用。
債権者石川勇人に交付。
(以上債権者石川勇人に交付金一、三二〇円)